従業員持株会で事業承継を成功させる鍵|買取価格を「配当還元価額・額面」にする制度設計

従業員持株会で事業承継、買取価格は配当還元価額・額面が鍵人手不足が深刻になる一方で、経営者の高齢化や後継者不足も中小企業の大きな課題になっています。「採用しても人が定着しない」「幹部候補に当事者意識を持ってほしい」「自社株を次世代へどう引き継ぐか決まっていない」。こうした複数の悩みを同時に解く選択肢として、従業員持株会が注目されています。

従業員持株会とは、従業員が定期的に資金を拠出し、持株会を通じて勤務先の株式を共同で取得・保有する仕組みです。日本取引所グループは、その目的として、従業員の資産形成、経営参加意識の向上、安定株主の形成を挙げています。

ただし、非上場企業の持株会は「つくればうまくいく福利厚生」ではありません。市場価格がない自社株を扱う以上、取得価格、配当、退職・退会時の買取価格、議決権、税務まで一体で設計しなければ、従業員とのトラブルや会社の資金負担につながります。なかでも最も重要なのが、退職・退会時の株式を配当還元価額または額面で買い取るルールを、加入時から明確にしておくことです。本記事では、この出口設計を中心に、従業員持株会を人材定着と事業承継に活用するポイントを解説します。

従業員持株会が人材定着に役立つ3つの理由

1.従業員が「会社の成長を自分事」にしやすい

従業員が自社株を持つと、会社の利益や企業価値の向上が、配当や持分価値を通じて自分の利益にもつながります。日々の改善、顧客満足、利益率といった数字を、単なる経営者の目標ではなく、自分たちの成果として捉えやすくなります。

もちろん、株式を持たせるだけでエンゲージメントが高まるわけではありません。業績や配当方針を分かりやすく説明し、従業員が成果とのつながりを実感できる情報開示が必要です。

2.長期的な資産形成を福利厚生にできる

給与天引きなどで少額を継続拠出できる仕組みにすれば、従業員にとって資産形成の習慣になります。会社が奨励金を支給する設計も考えられ、採用時の福利厚生として打ち出すことも可能です。

一方、自社株への投資は、給与と資産の両方が勤務先の業績に左右される「集中リスク」を伴います。加入は任意とし、値下がりや換金制約も含めて説明することが欠かせません。奨励金は原則として従業員の給与所得になると考えられており、支給方法は税理士などに確認する必要があります。

3.会社を支える安定株主をつくれる

持株会が継続的に自社株を保有すれば、短期的な売却を目的としない安定株主になり得ます。オーナーが保有する株式の一部を段階的に移すことで、株主構成を整える手段にもなります。中小企業庁も、従業員持株会は安定的な経営の後押しや、経営参画意識を高めるガバナンスの手段になり得るとしています。

事業承継で期待できる役割

事業承継というと、後継者一人に株式を集中させる方法を思い浮かべがちです。しかし、すべての株式を一度に移す必要はありません。経営権を担う後継者と、会社を支える従業員持株会に役割を分ける方法があります。

たとえば、後継者には議決権のある株式を集約し、持株会には配当を優先する代わりに議決権を制限した種類株式を保有してもらう設計です。中小企業庁の事業承継ガイドラインでも、従業員持株会を介して配当優先・議決権制限種類株式を保有させる活用例が示されています。これにより、従業員には会社の成長成果を還元しつつ、重要な意思決定権を後継者側に確保することが可能になります。

ただし、種類株式は会社法・定款・登記に関わります。税務評価との整合も必要なため、弁護士、司法書士、税理士などを交えた設計が前提です。

導入前に決めるべき7つのポイント

1.何のために導入するのか

「福利厚生」「人材定着」「幹部育成」「オーナー株式の受け皿」「事業承継」では、適切な制度設計が異なります。目的の優先順位を経営者と専門家で共有してから、対象者や株式の種類を決めましょう。

2.加入・拠出・休止・退会のルール

加入資格、月々の拠出額、賞与時の拠出、休職時の取扱い、退会条件を規約に明記します。日本証券業協会のガイドラインでも、設立契約書や持株会規約の整備、規約内容の会員への周知が示されています。運営を会社の都合だけで変更できるようにすると、従業員の信頼を損ないかねません。

3.株式の取得価格

非上場株式には市場価格がありません。安く譲れば従業員のメリットになりますが、時価との差額について給与課税や贈与の問題が生じる可能性があります。逆に高すぎれば、従業員に不利益を負わせます。純資産、収益力、配当などを踏まえ、合理的で継続可能な評価方法を定める必要があります。

4.最重要ポイントは、買取価格を「配当還元価額または額面」と定めること

非上場企業の従業員持株会で最も重要なのは、退職・退会時の出口設計です。結論からいえば、持株会が保有する株式の買取価格について、配当還元価額または額面を基準とするルールを、規約や株式譲渡契約であらかじめ定めておくことが重要です。

非上場株式には市場で売却できる価格がありません。業績の拡大に伴って純資産価額や類似業種比準価額が大きく上昇した場合、その高い評価額で退職者の株式を買い取る設計にしていると、退職者が重なったときに会社、オーナーまたは持株会へ多額の資金負担が発生します。事業承継のために持株会を設けたにもかかわらず、株価上昇が将来の買取資金を膨らませ、承継を難しくしてしまうこともあります。

そこで、持株会に移す株式については、配当を受ける経済的利益を中心とした株式として位置付け、退職・退会時には配当還元価額で買い取る設計が考えられます。配当還元価額は、会社の純資産全体ではなく、株式から得られる配当に着目する評価方法です。一定の配当を継続しながら買取価格の急激な上昇を抑えられるため、会社側は将来の資金負担を予測しやすくなります。

また、制度の目的や株式の権利内容によっては、額面を取得・買取価格の基準として固定する設計も考えられます。従業員にとっての利益は株価上昇による売却益ではなく、在職中の配当と奨励金で還元するという考え方です。これにより、オーナー株式の受け皿を安定させながら、退職時に多額のキャピタルゲインが社外へ流出することを防ぎやすくなります。

ただし、「規約に書けば、どのような価格でも税務上認められる」という意味ではありません。取得時の価格と買取時の価格に一貫性があるか、議決権や配当などの権利内容に見合った価格か、従業員が不当に不利益を受けないか、会社と従業員との取引に経済合理性があるかを検討する必要があります。取得価格が時価より著しく低い場合の給与課税など、個別の課税問題も生じ得ます。特に額面買取は、現在の会社法では株式に額面という法的概念がないため、実務上は「設立時等の発行価額」や「規約で定めた固定価格」の意味を明確にしなければなりません。

制度導入時には、少なくとも次の事項を規約と説明資料に明記します。

  • 退職・退会時には自由に第三者へ売却できず、持株会、会社または指定された者へ譲渡すること
  • 買取価格は配当還元価額または規約所定の固定価格(いわゆる額面)を基準とすること
  • 配当還元価額の具体的な計算式、基準日および端数処理
  • 無配当または減配となった場合の最低買取価格
  • 誰が買い取り、いつ代金を支払うか
  • 税制や会社の資本政策が変わった場合の見直し手続

加入時に「会社が成長すれば株式を高値で売却できる」と誤解させないことも大切です。株価上昇益を目的とする制度ではなく、配当と奨励金を通じて会社の成果を共有する制度であり、退職時の買取価格は配当還元価額または額面になることを、書面で説明して同意を得ます。この入口と出口の整合性こそ、制度を長期間安定して運営する鍵です。

5.配当方針

配当は制度への納得感を左右します。会社の内部留保だけを優先し、長期間無配当が続けば、従業員は資金を拘束されるだけだと感じます。一方で、無理な配当は会社の成長投資や資金繰りを圧迫します。利益水準、設備投資、借入返済を踏まえた配当方針を示し、業績が悪い年には配当できない可能性も説明しておきましょう。

6.議決権と情報開示

普通株式を持株会に保有させると、議決権の分散が経営判断に影響する場合があります。理事長がどのように議決権を行使するか、会員の意思をどう確認するかを規約で定める必要があります。議決権制限種類株式を使う場合でも、経営情報を一切伝えなくてよいわけではありません。株主として納得できる説明の機会を設けましょう。

7.税務・法務・事務運営

持株会は一般に民法上の組合として設計されますが、実態や規約によって課税関係が変わり得ます。配当、奨励金、株式の譲渡、退会時の精算には、それぞれ税務上の確認が必要です。会員別の拠出額、取得株式数、簿価単価などの記録も正確に残さなければなりません。

導入に向く会社・慎重に検討すべき会社

従業員持株会に向くのは、一定の利益と配当余力があり、経営情報を従業員と共有でき、10年程度の長期運営を見据えられる会社です。後継者候補や幹部層の育成を進めている会社、オーナー保有株式を段階的に整理したい会社にも検討余地があります。

一方、資金繰りが不安定な会社、株価算定の根拠を説明できない会社、近い将来にM&Aや大規模な組織再編を予定している会社は、慎重な検討が必要です。従業員に購入を事実上強制したり、「必ず値上がりする」と説明したりする運用も避けるべきです。

まとめ:持株会は「入口」より「出口」の設計が重要

従業員持株会は、人材定着、資産形成、経営参加、安定株主づくり、事業承継を結び付けられる有力な選択肢です。しかし、メリットだけを前面に出して導入すると、退職時の買戻しや税務、議決権をめぐる問題が後から表面化します。

成功のポイントは、設立時点で退職・解散までを想定することです。特に、退職・退会時の買取価格を配当還元価額または額面とする出口ルールを明文化し、取得価格、配当方針、買戻資金、議決権と一つの設計図にまとめる必要があります。従業員には、値上がり益を期待する株式投資ではなく、在職中の配当等によって成果を共有する制度であることを事前に説明しましょう。従業員持株会を事業承継に活用したい場合は、自社株評価や種類株式、法人版事業承継税制など、他の選択肢との比較も欠かせません。

自社に適した仕組みは、株主構成、利益水準、後継者の有無、従業員数によって異なります。導入を検討する際は、税務・法務・資金繰りを横断して確認できる専門家に相談し、従業員にも十分な説明をしたうえで進めてください。